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東京地方裁判所 平成6年(ワ)15242号 判決

原告

吉井博

被告

斎藤基

主文

一  被告は、原告に対し、金六二〇万五八八八円及びこれに対する平成五年三月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、一七六〇万二〇一一円及びこれに対する平成五年三月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告の負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、タクシーと衝突して負傷した原動機付自転車の運転者である原告が、タクシーの運転者である被告に対し、損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実及び証拠上容易に認定できる事実

1  本件交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

原告は、本件事故により左大腿骨転子部骨折の傷害を負つた(甲二の1)。

事故の日時 平成五年三月一七日午後一〇時五五分ころ

事故の場所 東京都渋谷区神宮前一丁目一一番一一号先路上(別紙現場見取図参照。以下、同図面を「別紙図面」という。)

被告車両 普通乗用自動車(営業用タクシー、足立五六あ一六七四。以下「被告車」という。)

運転者 被告(被告車両を保有し、これを自己のために運行の用に供していた。)

原告車両 原動機付自転車(港区き九一二二(甲一)。以下「原告車」という。)

運転者 原告

事故の態様 被告は、被告車を運転して進行中、乗客を乗せるため、横断歩道付近で停止したところ、同車の後方から進行していた原告車が、被告車後部に追突する形で衝突した。事故の詳細については、当事者間に争いがある。

2  損害の填補(一部)

原告は、自賠責保険から三〇五万〇七二〇円の填補を受けた。

三  本件の争点

被告は、損害額を争うほか、本件事故は、原告が十分な車間距離を保持しなかつただけでなく、被告車が加速したと錯覚したか、前方を注視しなかつたかして、前車に対する安全確認を欠いたため、被告車に急接近したことにより、追突したものであるとして、自己の過失を争つている。

1  損害額

(一) 治療費 四四万三二二一円

原告は、本件事故の傷害のため、次のとおり治療を受け、右金額を支出した。

(1) 玉井病院

平成五年三月一七日から同年四月一七日まで入院(三二日)

同年四月一八日から同年一一月二四日まで通院(実日数一七日)

同年一〇月一三日から同年一〇月二二日まで入院(一〇日)

(2) 湯沢整形外科病院

平成六年一月一四日から同年一月二一日まで通院(実日数二日)

(二) 入院付添費 九万八三二一円

平成五年三月一九日から同年三月三一日までの一三日間分

(三) 入院雑費(一三〇〇円×四二日) 五万四六〇〇円

(四) 通院交通費 二万八八四〇円

(五) 休業損害 三八七万六四三〇円

原告は、本件事故により平成五年三月一七日から同年一二月三一日まで二九〇日間休業したが、本件事故当時の収入は一日当たり一万三三六七円であつたから、その間の休業損害は、右金額となる。

(六) 後遺障害逸失利益 一〇七五万一一三七円

原告は、本件事故により一二級七号の後遺障害を残した結果、将来にわたつて一四パーセントの労働能力を喪失したものであり、原告の事故前年度の収入四八七万九一一四円を基礎とし、就労可能年数を症状固定時から六七歳までの三一年と二二五日間として、ライプニツツ方式により算定。

(七) 慰謝料 三八〇万〇〇〇〇円

原告の傷害慰謝料として一一〇万円、後遺障害慰謝料として、二七〇万円が相当である。

(八) 弁護士費用 一六〇万〇一八二円

2  本件事故の態様

(一) 被告

本件事故は、被告が時速約四〇キロメートルで走行中、事故現場付近に差し掛かり、衝突地点の約一五メートル手前で左側前方に客が手を上げているのを認め、時速約二五キロメートルに減速した際、いきなり自車後部に原告車が衝突したというものであり、被告は通常の減速停止をしただけであつて、急制動はしておらず、その必要もなかつた。

仮に、被告に何らかの過失があるとしても、その過失は一〇パーセントが相当である。

(二) 原告

原告は、本件事故現場手前の原宿駅前交差点から第一車線の右寄りを走行していたものであるが、同交差点を過ぎて間もなく、被告車が原告車を追い抜いて、第一車線に入り、時速約二〇ないし三〇キロメートルで進行し、原告車は被告車の約一〇メートル後方を時速約三〇キロメートルで追尾する形で走行していたところ、本件事故現場の約三〇メートル前で被告車が時速約四五キロメートルに急加速したことから、原告がそれにつられて急加速したところ、被告車が急停止したため、原告が避けきれず、追突したものであり、本件事故の原因は、被告の急停止にある。

第三争点に対する判断

一  損害額について

1  治療費 四四万三二二一円

甲二の2ないし10、12、13、三の2により認められる。

2  入院付添費 九万八三二一円

甲二の1、2、五によれば、原告は、入院中の平成五年三月一九日から同年三月三一日まで付添看護を要する状態にあり、その間、職業付添人が付き添つていたこと及び原告が右職業付添人に九万八三二一円を支払つたことが認められるから、入院付添費として右実費額を認めるのが相当である。

3  入院雑費 五万四六〇〇円

入院雑費は、一日当たり一三〇〇円と認めるのが相当であるから、四二日間で右金額となる。

4  通院交通費 二万八八四〇円

甲六、弁論の全趣旨により認められる。

5  休業損害 二七一万三五八九円

原告は、本件事故当時、フリーのギターリストとして稼働し、平成五年三月一七日から同年一二月三一日までの二九〇日間休業したが、本件事故に遭わなければ、少なくとも事故前年度と同程度の収入を得たものと推認できるところ、原告の経費率は、三〇パーセントと認められるから、平成四年度の確定申告額四八七万九一一四円を基礎とし、右休業期間中の損害を算出すると、次式のとおり、二七一万三五八九円となる(甲七の1ないし4、八、一二、原告、弁論の全趣旨)。

四八七万九一一四円×(一-〇・三)÷三六五×二九〇=二七一万三五八九円(一円未満切捨て)。

6  後遺障害逸失利益 七五五万五七七六円

原告は、本件事故により左股関節が拘縮し、右股関節に比べて可動域が制限される障害を残して平成六年一月二一日症状が固定したが(当時三五歳)、右後遺障害は、後遺障害別等級表一二級七号に相当するものと認められ、また、本件事故後の減収についての的確な証拠はないものの、右後遺障害の存在に照らし、症状固定の日から六七歳に達するまでの三二年間を通じ、その労働能力の一四パーセントを喪失したものと認められる。

そして、前記5記載の原告の事故前年度の収入を基礎とし、ライプニツツ方式(係数一五・八〇二)により中間利息を控除して逸失利益の現価を算定すると、次式のとおり、七五五万五七七六円となる(甲四、原告)。

四八七万九一一四円×(一-〇・三)×〇・一四×一五・八〇二=七五五万五七七六円(一円未満切捨て)

7  慰謝料 三七〇万〇〇〇〇円

本件事故による原告の傷害の部位程度、入通院日数、その他本件に顕れた諸般の事情を斟酌すると、原告の傷害慰謝料として一〇〇万円、後遺障害慰謝料として、二七〇万円が相当である。

8  右合計額 一四五九万四三四七円

二  本件事故の態様

証拠(甲九の1、2、一〇の1、2、一一、一二、乙一、四、原告、被告)に前記争いのない事実及び証拠上容易に認定できる事実並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件事故の現場は、別紙図面のとおり、原宿駅方面から青山方面に向かう東西の、片側三車線の直線幹線道路(通称表参道通り、道路幅員二〇・一メートル、各片側幅員九・三メートル、以下「本件道路」という。)上であり、現場付近の交差点(通称明治通りと交差する)には、南北に横断歩道が設置されている。本件道路は、最高速度が五〇キロメートル毎時に規制されており、青山方面へはやや下り勾配となつている。また、夜間の照明設備により明るさが確保され、本件事故当時、原告、被告の進路前方、後方の見通しは良好であつた。

2  被告は、個人タクシーの運転に従事し、営業のため、長年、日常的に本件道路を代々木公園方面から原宿、青山方面へ流して走行していた。

被告は、本件事故当日、被告車を運転し、原宿駅前交差点で赤信号で停止した後、青信号で発進し、本件道路を青山方面に向かい、時速約三〇ないし四〇キロメートルで第二車線を進行中、本件事故現場手前の、別紙図面〈2〉の地点で、被告車の左前方の第一車線を走行していた別のタクシーが客を拾おうとしており、同図面の甲地点の横断歩道上に客がいるのを認めたため、それに続いて、被告もブレーキを掛けながら、車線変更をしようとしたところ(なお、左折の合図は出していない。)、それとほぼ同時位に、前記〈2〉地点から一九・八メートル進行した、同図面〈3〉の地点で、被告車の後部バンパー中央付近に原告車が衝突し、被告車は、同地点で停止した。本件事故当時、本件道路の対面信号は青信号であり、また、第二、第三車線とも、通行量は少なく、空いていた。

原告は、被告と同じく、原宿駅前交差点から青信号で発進し、原告車を運転して、第一車線の右寄りから第二車線付近を、時速約三〇ないし四〇キロメートルで、被告車の後方を走行中、別紙図面アの地点で(被告車との距離約六・九五メートル)、被告車が加速したように見えたことから、原告も加速しながら、被告車との車間距離を縮め、被告車との距離が約五・二五メートルになつた同図面イの地点で、被告がブレーキを掛けたため、原告は回避措置をとらないまま、被告車と衝突した。なお、原告は、衝突前、被告車のブレーキ音を聞かなかつた。

3  右の事実をもとにすると、被告には、危険防止のためのやむを得ない場合でないのに、乗客を拾うため、急ブレーキを掛けた違反が認められるというべく(道交法二四条)、それにより本件事故を生じさせた過失が認められる。

この点につき、被告は、急ブレーキを掛けたことを争うが、証拠(甲一〇の2、一一)によれば、被告自らが実況見分を実施した担当警察官に対し、急ブレーキを掛けた事実を指示説明したことが窺えること、また、本件事故態様(それまでほぼ同速度で追随していた原告車が被告車の制動直後に衝突していること、衝突地点及び被告車の停止地点が交差点直前であり、被告が急制動をとつたことを推認できること。なお、別紙図面〈2〉から〈3〉までの距離に照らすと、制動直前の被告車の速度が被告の主張するように時速二〇キロメートル程度であるとは考えられない。)等に照らし、採用することができない(なお、現場にスリツプ痕がなく、原告もブレーキ音を聞かなかつた点については、それらが必ずしも、被告が急制動をとらなかつたことの裏付けとなるものでもない。)。

そうすると、被告には、民法七〇九条及び自賠法三条(被告が被告車の運行供用者であることは、当事者間に争いがない。)に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある(さらに、本件では、左折時の被告の後方安全確認義務及び合図履行義務を怠つた疑いもある。)。

他方、原告としても、十分な車間距離を保持していなかつたことが明らかであり、それにもかかわらず、不用意に加速したことが認められ、仮に、本件の主要な原因が被告にあつたとしても、原告の右義務違反が本件事故の一因となつたことは否定できないから、原告にも相応の過失があるというべきである。

4  そして、原告、被告双方の過失を対比すると、原告の損害額の四〇パーセントを減額するのが相当である。

そうすると、被告が原告に対して賠償すべき損害額は、八七五万六六〇八円となる(一円未満切捨て)。

三  損害の填補

原告が自賠責保険から三〇五万〇七二〇円の填補を受けたことは、当事者間に争いがないから、右填補後の損害額は、五七〇万五八八八円となる。

四  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過及び認容額、その他諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用は、五〇万円と認めるのが相当である。

第四結論

以上によれば、原告の本件請求は、六二〇万五八八八円及びこれに対する本件事故の日である平成五年三月一七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を認める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 河田泰常)

別紙図面第二 現場見取図

〈省略〉

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